愛って不思議

こんにちは、魔法使いのオネエさん、翠鳥です。

今日も暑いですねー。
扇風機をガンガンに浴びながら、この記事書いております。

避暑地とか、水遊びとか。
そういうのが恋しくなるのがわかるわ~と思ったりしております。

とりあえず、かき氷食べたい(笑)

自分を愛する?

癒しの魔法を扱っていると、
どうしても頻度が高くなるワードが、
「自分を愛しましょう」です。

 

でもさ、ぶっちゃけ「自分を愛する」って、
具体的にどうすればいいのよ?って悩む人多いんですよね~。

そもそも、この「愛する」って言葉。
明治時代に西洋の「Love」が入ってくるまで、
日本には男女の恋愛を指す言葉としては存在しなかったといいます。

要するに、愛するって言葉を使うこと自体、日本人はまだまだ慣れてないって話だよねえ。
慣れてないのに愛せって何よ!ってなもんです(笑)

でも、愛という漢字は古く伝来してあったわけじゃないですか。
面白いな~と思うのは、
愛という漢字の成り立ち調べると。

上の部分は人が後ろを振り向いている姿。
真ん中の部分は人間の心(心臓)。
下の部分は足を引きずって、ゆっくり歩く姿。

これらが組み合わさって、
「愛しい人のことが気になって、何度も後ろを振り返り、足が進まなくなっている状態」
ってのを表してるそうです。
前向きさは感じないよね(笑)

 

実は、この「愛」という漢字は、仏教でもお馴染みの言葉。
渇愛(執着という名の、ドロドロした煩悩)にも、バッチリこの文字が入っています。

「手放したくない!」
「私を認めて!」
「失うのが怖い!」
みたいな状態?
セッションで悩んでる人が持ってたりするテーマですよね^^;

のどが渇いて水を激しく求めるような、
理性を失ったしがみつきを「愛(愛着・愛執)」と呼んでいたわけです。。。

なので、愛という文字そのものが、
肯定的な感じは無かったわけですねえ。

本来使われてた意味でいうなら、
「自分を愛さなきゃ!」って感覚そのものが、
そもそも認識がずれていると言えるのかも?

でもまあ、言葉の意味は変わるもの。

今、改めて「自分を愛する」ってどういう意味なんだろう?と思うと。

自分の心を、一番の理解者として察してあげること。
受け入れてあげること。
慈しんであげること。

っていう感じなのかなあ?って思います。

愛って言葉、そのものに関していうなら、
「いとおしい」って感覚だったり、
大切にしたいっていう想いなのかな。

生活に落とし込むなら、
「今日のご飯、美味しいな~」って感じる自分の感性を、
そのまま受け入れて味わえる幸せ。

失敗して落ち込んでいる時に、
「なんでできないの!?」って責めるんじゃなくて、
「うん、しんどかったよね。よく頑張ったよ」
って、ただ寄り添ってあげること。

自分を愛するって、
特別な事をしなくちゃと思わずに、
まずはこれくらいの感じから始めてあげたら良いんじゃないかな。

自分の心の動きを、
自分自身がが誰よりも察して寄り添うこと。
大切にしてあげること。

それが、「自分を愛する(自愛)」なんだろうな。

もし、今「なんだか自分が愛せない」「どうしても自分を責めちゃう」というなら。
それは、心と体がガチガチになって、自分の心の声を「察する」余裕がなくなっているサインです。

そんな時は、ひとりで頑張って自分を愛そうとしないで、
まずは外側からカチコチの自分を癒しに来てくださいませ。

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